結婚式に出るの巻

先週末、結婚式に出席した。奴とはかれこれ21年の付き合いになる。式は家族で行い、友人枠はそれぞれ1名だけというところに呼んでもらえて、そんな友人はお互いにお互いしかいないし、是非とも参列させてもらった。祝いの言葉は本人達に直接十分伝えたつもりなので、ここには俺自身の過ごした1日の記憶として、しょうもない珍道中を書く事にする。


挙式は軽井沢。その週の火曜になってやっと準備を始める。集合は18時なので鈍行で行けばよいかと思っていたが、そこで初めて、軽井沢への電車は新幹線しかない事を知る。新幹線で行けばいいんだが、当初そんな風に考えてたので交通費を見て怯んでしまい、調べたところ昼間の高速バスがあって、それを予約した。八王子や立川からは便がなく、池袋でバスに乗車する。軽井沢には16時に到着予定。そこで着替えて、17時丁度に来るホテルの送迎バスに乗り、集合時間の18時にはかなり余裕を持って到着。もし何か予期せぬハプニングがあっても潰しが利く、早め早めの計画。完璧だ。あとは白ネクタイを新調したり、ご祝儀を用意したりして当日を迎える。
ところが、この潰しを、思いっきり効かせる事になる。その俺のスットコドッコイぶり。

当日は生活リズムの乱れもなく起床。前日までに荷物などの準備も済んでいる。バスは13時に池袋発。30分前に池袋には着く様に、11時半に西八王子を出る電車。これもかなり余裕のある出発で、忘れ物もなく、俺は家を出た。いつもの駅の風景、いつもの新宿までの景色。新宿からは山手線、あんまり慣れてないが乗り遅れてもすぐ次が来るから安心で、その安心が行動の安定を呼ぶ。遅れもなく12時半前には池袋に到着。バス乗り場は駅から歩いてすぐなので、コンビニで昼食を買い、バス乗り場へ。バスは程なく現れて、バス会社の人にチケットを見せ滞りなく乗車。時間通りにバスは出発。バスはとても空いていて、足も伸ばせて快適だった。
バスは練馬から関越道に入り、一度トイレ休憩を挟み、2時間ちょっとで軽井沢へ。この日は北関東から天気が崩れ、高速を降りた辺りで濃霧に見舞われるが、交通規制も事故もなくバスはほんほんと進んでいく。途中の埼玉から群馬の車窓風景をぼんやりと眺める。ついこないだの7月に、その結婚する大阪在住の2人が関東に来て、3日間ほど群馬から秩父の辺りで遊んだばかりで、その時に同じ道を通っている。その時は晴れだった、クソ地味な旅だったけどそのくだらなさを楽しめる事がとても楽しかったなあ、あいつらは今頃会場にもう入ってて、リハーサルとかやってんのかな、と思いながら少しうとうとして、目が覚めたら軽井沢駅。バスを降りると霧で視界20m程で、すぐに新しくて大きい軽井沢の新幹線の駅舎へ入る。こんなところのアウトレットモールやカフェにわざわざ来たんだろうなという感じのカップルや、何しに来てるのか知らないが合宿か何かなのだろう、浮ついた体育会系の大学生サークルみたいなのがヘラヘラしているのがあちこちに見える。如何にもベタな高原の観光地。俺は予定通りトイレに入り、着替える事にした。


と、ここで気付く。スーツを、バスに忘れてきている。うおお。バカ俺。


大体、俺という奴は、俺という奴はいつもそうなんだ、俺という奴は、とどぼどぼと溢れ出る自責の念は、しかしそれをするのは後でも構わんと脳が指令を出す。ちょっとだけ大人になってるかもしれない俺。ともあれだ、慌ててバス乗り場に戻るも既にバスの姿はなく、周辺を見渡してみてももういなかった。どうする俺。悩む間もなく、バス停に書かれていたバス会社の電話番号を発見、すぐに掛けてみる。気の良さそうな、しかし仕事に対して背筋は伸ばしている感じの男性が電話に出る。事情を話すと、俺の乗ったバスは軽井沢駅が終点で、その後は今話しているその事務所の車庫に一旦入り、その日のうちにまた池袋まで折り返すらしい。だからその時に軽井沢駅で忘れ物を受け取る事は可能だという。軽井沢駅に来るのは何時ですか、と聞くと、18時に出発だから、その15分前くらいには駅に着きます、とのお答え。それでは遅いんです、忘れたのはスーツで、それ着て結婚式に出るんです、その集合が18時なんです、と伝えると、困惑した感じで、事務所に取りに来れますか、来て頂ければすぐ渡せます、とおっしゃる。住所を聞いて、現在地からタクシーでは20分ほどの場所だと教えて頂きつつ、今そのバスが事務所に着いたみたいなので、スーツの忘れ物があるか確認してきますので、確認次第掛け直しますね、という事で番号を教えて一旦電話を切る。
頭の中に様々な可能性が浮かんでは消えていく。もしスーツがなかった場合、ここで最悪スラックスだけでも入手できるだろうか?或いは、貸衣装的なものとか?否、今はそれは考えても仕方がない、空いているバスで俺はほぼ最後に降りたし、荷物を間違えて誰かに持ってかれた可能性はきわめて低く、スーツはバスにある。それをどう受け取って、尚且つ18時のホテル集合へ間に合うか。そこに集約しよう。問題は、バスの事務所がタクシーで20分もかかるという事、そして調べて解ったのが、式の会場がそのバスの事務所とはま逆の方向にあるという事。恐らくこの時点でベストと思われるのは、タクシーで事務所に向かいタクシーを待たせたままスーツを受け取り、そのまま式場へ向かう、だろう。しかし、駅から事務所の片道が20分、往復で40分。駅から出る式場への送迎バスには間に合わないので、そのタクシーでそのまま15分乗って式場へ行く。着替えは、ロビーで誰かに会ってしまうと格好悪いがホテルで行なう。これなら、時間的には間に合うだろうが、タクシー代を考えると軽く白目を剥く。うぐぐ。
さらに調べてみると、このバスの事務所へは、しなの鉄道なるローカル線で近づく事が出来ると解る。軽井沢駅から2駅で降り、そこから歩ける距離の様だ。確実を期すのにタクシーで事務所まで往復してもいい。駅に戻り、しなの鉄道で再度軽井沢駅、そこから式場へ向かう。これならかなりコストは下がるが、ローカル線が故に電車の本数は30分に1本しかなく、何処かで少しでも時間がかかれば即アウト、というリスクもある。やはりオールタクシープランしかないのか。うぐぐ。

そこへ電話が鳴る。勿論バス会社である。スーツはありました、と聞いて、まずは最悪の事態は回避できたと胸を撫で下ろす。続けて、本当はこの様なサービスは行なっていないのですが、と前置きしつつ、今事務所の者を軽井沢駅へ向かわせたので、そのまま駅でスーツを受け取って下さい、とおっしゃる。おお、神よ。あなたはあら人の中に在らせられるか。選挙前の政治家でもそんなに言わねえだろうってくらい、ありがとうございますを連呼して電話を切る。いやあこれは嬉しい。神よ。大日如来よ。

20分待たなかった位で、バス会社の営業カーが現れ、無事にスーツを受け取る。ここでも勿論、ありがとうございますありがとうございますを連発した。若くて恰幅の良いバス会社の方は、また軽井沢へお越しの際は弊社のバスを是非ご利用ください、と笑顔で去っていった。惚れる。俺の中のアイドル少女軍団が全員惚れる。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。


さて兎にも角にも無事にスーツを入手。時計は17時5分。ホテルの送迎バスは行ってしまったので、タクシーで向かう事にする。寧ろ、この程度のペナルティで済んだのが本当奇跡みたいだ。という訳でまずは着替えるべく、軽井沢駅のトイレへ。ところが男性用の個室が使用中で、暫く待ったが埒が明かない。ふと、隣のおむつ台がついてる様な大きな方のトイレが目に入る。一瞬考えるも、一般の方も自由にご使用くださいと書いてあるし、有難く使わせて頂く事にする。中はとても広い。ああ、良かった。トランクを空け、着替えを進める。人生で背広を着るのにこんなに嬉しい事はそうそうないだろう。少し落ち着いて、淡々と着替え。そこへふと、外で小さい子供の声がする。あれ急ぎかな、悪いなあと思うも、大きなその声を聞いてみると、どうやら既にうんこを漏らしている様で、隣にお母さんらしき人もいて、あまり怒ったりはしてない様だが、今使ってるからもう少し待とうね、と子供に言い聞かせている。頭から煙が出そうな状況を突破してスーツへ着替えているところ、ドアの外にはうんこをもらした親子を待たせている。おお、神よ。烏枢沙摩明王よ。広く衆生を救い給へ。
着替えを終え、白いネクタイを締め、髪をたくしつける。どういう顔して出てっていいものか解らなかったのでそそくさと立ち去ったが、うんこ親子もまさかこの状況で中から大男が出てきて、さぞかし驚いた事だろう。もしかしたら追加で若干もらしたかもしれない。申し訳ないの一言に尽きる。


タクシーに乗車。式場へ向かいながら、やっと落ち着いてこのドタバタの事を思う。もしスーツが出てこなかったら。そもそも新幹線で来ていたら。バス会社の方が届けてくれなかったら。うんこをもらしてるのが母親の方だったら。小ボケはいいとして、結論するに、俺はとってもバカで、しかしとってもラッキーだった。勿論そのラッキーは、このめでたい日にちなんで大甘判定でおまけしてもらったものに違いない。神の存在など信じない俺だけど、天にまします神仏の様なものに感謝申し上げたい気持ちだった。勿論、自分のバカさ加減には猛省を処しますので。

そうして無事に集合時間にも余裕を持って到着。無事着いたー。式は簡潔に流れる様に、涙を溜める時間もなかった程で、そのままホテルのレストランでお食事を頂き、新郎新婦のぐっとくる挨拶でもってこの日は終わった。新郎新婦と、それぞれの友人である俺と俺も知ってる子という4人で部屋を取ってくれていて、日付を跨いだ辺りで新郎と一緒に風呂に入った。いい湯だった。部屋で1缶だけビールを飲み、疲れ果てて安堵の表情をしている新郎新婦をねぎらいながら、長い1日は終わった。とてもとても良い日だった。


新婚旅行から帰ってきて、その話を聞いた後で、また何処かで風呂でも入りながら、奴にこの話をしようと思う。おめでとう。