野ばら


年の瀬で走るのは誰だったか。少なくとも俺だとは聞いてなかったが気づけば全力で走らされているのは毎度の事で、俺はその混濁を結果的に承諾するかの如く溜息ばかりで。世界中の花が枯れるのは多分この溜息のせい。
俺の夢は地味な地図だ。突出した何かは、そんなになくていい。どうせ勝手に逸れるんだろ。どうせ意図した通りには進まないんだろ。そしてそれはどうやら俺のイビツな人生ではどうにも不可避らしい。だから、設計図はせめてシンプルに作ろうと心がける。そこにどうせどうせが沢山降りかかって、ペンキで描き殴った花火かネコの顔みたいなよく解らないクッシャクシャになった図面が、いつも頭の中にへばりついている。これは確か設計図だったはずなんだが。何だこのミミズの這い蹲った様な春画は。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。
絵の話。まともにペンを執り直してこの1年、 ”ただ突っ立っている”という絵を、意図してよく描いている。つまんねえ絵だ。ポーズも、明確な表情もとらせない。しかし実際描いてみると解るが、明確な表情を持たない顔は、とても難しい。この表情が何を意味しているのか解らなかった、という事を伝えよう、というのが最終意図。ただ、突っ立っている姿。このつまんない絵を、何処までも煮詰めたい。多くの人の賞賛は要らない。俺みたいなどっかのクソ野郎が、鳩尾にズドンと食らえばいい。
という訳でそこにただ立っていてくれないか。ただそれだけでいい。まあそれは若干嘘だけど。
さて絵の先の話。長らく完成に漕ぎ着けていないが、曲がりなりにも漫画を描く身として、さて鞘となるストーリーを拵えるのだけど、これまた恐らくとても地味な話を捏ねくりまわしている。表現がどうとか、人に訴えるものは何かとか、そんなんはひとまずどうでもいい。否勿論どうでもいいは言い過ぎなんだが、そこをあんまり考え過ぎるとオノレの欲求への忠実度が下がる。要するに、描きたいもの、甘ったるい言葉で言うと夢、あんなこといいな、できたらいいな、あんな夢魔こんな劣情いっぱいあるけど、を話に出来ればいい。そこに立脚して俺が思索した話は、どうにも地味だ。自分でそう思う。大きく何かが起こる訳でもない。日々の積み重ねと、小さな心の機微の繰り返し。そういう事を描き記したい。何というか言葉にすると薄っぺらいが、俺が日々大事に思うほぼ全てはその中にある気がしている。実際の日々は、意外な程にそれを許さない時間が多過ぎる。そんなに輝かなくていいし、あちこち飾らなくてもいいし、濃い味付けもいらないし、無理せんでいいし多少歪んでてもいい。勿論そういうところに価値を置く事も否定はしない。それが楽しめる人が楽しめばいい。ただ俺、何だかもうそういうの、少し疲れちゃったんかね。勿論、ふつふつと沸き立つ欲はある。多分誰よりも強い欲望。少しずつ異なるそれらを、って元々同じものなんかひとつもありゃあしないんだが、それをなるべく沢山集めて、手で一つ一つ並べて、その整然と、少しずつの差異からくる雑然を楽しみたい。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。本日2回目だよ。最近あまりに忙しいので今日は徹底的に出す。こんな時間に帰ってきて明日もまた早いのに睡眠時間を削ってまで俺はこの無駄に身を粉にする。という程の大袈裟な事でもなく、寝る前の脳内ぼんやり劇場を、ぬるい烏龍茶をゆっくり流し込んで湿らせながら、何かもう本当に何言ってんだか解らなくなってきたわ。


夜は夜。こんな事書いてるが俺別に意外と普通。


全然関係ないけど昨日だったか、敬愛する伊集院師匠のラジオも半ばを過ぎたあたりで帰宅し、襤褸雑巾の如くにソファで質の悪い僅かな睡眠を貪った訳だが、玄関方面からごぎゃんごぎゃん音がしたかと思ったら、何かすっごい乳腺の張り出した背の低いタトゥー女が突然俺の部屋に土足で上がりこんできて、そいつは全身黒ずくめでブーツも黒なんだけど表面だけが七色に光ってるヤツを履いていて、髪も黒く長く、流行無視の真っ赤な口紅だけがシン・レッドで、その唇の端っこのほうが不敵にニヤリとあがったと思ったらコメカミにトカレフを突き付けられ、動くなクズ、てめーには喋る権利を与えない、この状況も理解できまい、そして死にたくなかったら何も言わずに私の乳を吸え、というすぎむらしんいちの漫画みたいな夢を見た。現実の俺の日々にはこんな喧ましいドラマは要らない。好みという事で言えばこんな女もあんまり好きじゃない。そんなんじゃなくて好きな子の乳を地味にやさしく吸いたい。って何言ってんだ俺。そんな俺こと、田森赤貝は静かに暮らしたい。暮らしたいも何も、会社にいる時以外は自ずとそうなっているのだけど。そういう意味では俺の願望は徐々に叶いつつあるのかもしれない。夢うつつの、頼りなく蛇行するひょろ長い道程。明度は上げて彩度は下げて、影のコントラストだけなるべく強く。部屋に転がってる安いアコギはチューニングが変で、いつしか軟らかくなってしまった俺の指ではもううまくコードも押さえられない。下手くそな鼻歌すぐにやめた。登場人物もひとりかふたりかで、少し寂しいくらいで、来るかどうかも解らない手紙を思って北向いて、時々ポストを覘く様な日々で。今、敢えて文通がしたいなあと思ったりするけど、きっと面倒が先立って続かないんだろうけど。
時にウィンターは、切ないけれど。傍にあんたが、いないのだけど。
赤貝