ニ月はビニール傘の中


春が近づく程に、安堵と共に一抹の寂しさが入り交じる。あれほど震え嫌った寒さに今更名残だなんて、身勝手も甚だしいが。
早いもので2011年も2ヶ月を消耗。2月最後の今日、東京の西の方は夜明け前から雨に見舞われ、春の兆しを見せかけた昨日までの色を、また冬で上塗りをした様だった。塗り重ねる度に下地の色が解けて、混ざって変な色合いになる。春でもない、冬でもない、中途半端なくせに寒さだけいっちょ前にしくさって、風情もなくただ降る雨の中を自転車を漕いで帰る。感傷に浸る暇も無く、何だか知らないがやたらに寒い。寒いっつうか、冷たい。それでも俺は何処か穏やかな気分でいた。
穏やかな気分、というのは何も明るい気持ちだけではない。明るい暗いのベクトルとは、別の軸。その意味で俺は実に穏やかな、低値安定の気分でいた。透明のビニール傘を伝って落ちる雨の粒は街の明かりを乱反射して、いつもの鉛の塊や、よく解らない不定形のもやもやしたものや、ぽっかり空いた空白みたいなものがしっかり混ざっているのが見えて、何故か少しだけ、流石に少しだけだが、安心している自分がいる。雨は優しくも、厳しくもない。雨はただの雨だ。にべもなくただ降るだけ。等しく街の全てのものを冷たく濡らす。暫く繁路を眺めていたが、項垂れた俺の様なサラリーマン、かつての俺だった様な社会の責任を負ってなさそうな格好をした若者、綺麗な白い脚をほり出した全身性器みたいな女、眼に映る全てを面倒くさそうに見ていそうな眼鏡の女、箸が転がらなくてもフルで楽しそうなやかましい女の子達。それぞれの背中に人生があり、苦楽があるのだろうけど、かといって俺は俺の境界線の内に立っていて、何も接点のない不特定多数に興味を惹かれるものは無いな。
そんなあまりにとりとめもない事を思いながらニ月はビニール傘の中、やがて人ごみにも飽きて、俯き加減でポケットに手を突っ込んで、濡れた自分の靴を見つめて歩いているうちに過ぎていった。そろそろ春なんだろうか、部屋に舞うこの寂しさにも、いつしかもう慣れた。
さよなら2月、またそのうち。赤貝