ポリリズム


口の中を火傷した。何の味もしない。俺の日常といえば、朝無理やり起きて、当初の意志とは遅れ気味に家を出て、自転車を漕ぎながら音楽と共にだんだん目が覚めて、会社に着いてからは終始、狂犬に追いかけられながらもコピーペーストの笑顔と愛想で何とか過ごし、夜半退社する頃には気色を失いすっかりやさぐれた気分で、帰路の自転車での音楽に再度何かを確認し、一抹の気力を振り絞るも家に着いたら大概何の気力も無く、適当に飯をへつらい申し訳程度に机に向かって、疲れに感けてせめて寝ればいいものをぼんやりと何の実にもならない思考を漂わせ、ギリギリ気絶する様に寝る。これを5セット繰り返して週末、さらにそれを52セット繰り返して1年。こうしてただただ日々を浪費している。俺の日々は薄味でいいとは思っているが、しかし無味乾燥では食指が動かん。味がしないのは困る。そこで絵だの音楽だの模型だの映画だの熱帯魚だの、味のつきそうな下々を常にポケットに潜ませておいて、それを振り掛ける事で何とか食っている。一人でいる時なんて大体そんな気分だ。落ち込む事もあるけれど、私は鈍器です。切れは悪いが殺傷能力はそれになりにあるので、俺は俺の扱いに注意する。人には扱わせない。俺は俺の厄介を、なるべく自分で処理しようと思ってはいる。その処理のせいで、人肌を逃してしまう事も多々あるが、まあもう俺だし、仕方がない。私は鈍器です。鈍く光る鉛の塊、見た目通りの役立たず。鉛筆の芯に生まれ変わりたい。ほらもう何を言ってるか解らないでしょう。あとやっぱり生まれ変わるのは嫌だ。
こんな話が書きたい訳じゃないんだが、日記を書こうと思うとこういう言葉しか出てこない。ツイッターん時も同じだった。まあこういう事を思ってはいるんだけど、言葉の毛色で随分暗く感じる事がある。それはタッチの問題で、まあ暗かろうが何だろうがどうでもいいし、多分こんな話が書きたかった気もする。普段会社で1日黙っているので、堰を切った様に言葉が粗製濫造されているだけ。最近の帰路は、時間が遅いこともあって随分冷え込む。会社は工業団地の小高い丘の上にあって、帰路ではまず住宅地の狭い路地の坂をわわっと降りる。そこから、殺風景なバイパスの歩道の鉄橋で、川を渡る。ここが寒い。そしてオレンジの街燈に、こんこんと行きかう大型トラックの喧噪に、どうもココロがささくれる。この鉄橋は登りがきついので、必ずここでひとまず自転車を降りて、押して歩く。黒とオレンジの闇。鉄橋の下は鉄パイプとか組立前のガードレールの部品とかが置かれている。そこを、自転車を押しながら、iPodの音楽に意識を集中させながら、白い息を吐きながら歩く。この歩道橋は人通りはあまり無いのだけど何故か汚く、軍手とか落ちている。軍手は踏まれて黒ずんでぺしゃんこになっていて、印度の女神のポーズみたいになっている。なってるなあと、俺は思った。あれ何の話だっけ。まあ何でもいいけどさ。とにかく口の中を火傷して、俺は今、味が解らない。口の中を舌で撫で回すと変な感じがする。何かお洒落な血の色の折りたたみ自転車に乗った女の子とすれ違った。軍手の女神はそのタイヤに踏みつけられたが、軍手は軍手のままだった。
日々が過ぎる。忘れていく事もたくさんあるが、これ以上オモイデが増えたらいつかココロが破裂する、と思う事もある。何かもうあちこちオモイデだらけになってしまった。どちらかというと今はそれがしんどい。何も失いたくない。その為には、もう何も手に入れない様にすればいいんじゃないか。味を感じられなくなった狂った俺の口はそんな事を呟く。そりゃそうかも知れないが、そりゃあんた、また極論ってんだ。地面に張り付く軍手の女神が踊りだす。昔アラブの、偉いお坊さんが。あー、コーヒールンバね。俺、その歌、何でだか嫌いだった。コンガマラカス、楽しいルンバのリズム、南の国の情熱のアロマ。何でちゃんと歌詞覚えてるんだ俺。そうこうしてるうちに鉄橋からJRの高架下の真っ暗闇へ。ここはいつも、本当に暗い。中央線と横浜線が頭上でクロスしていて、電車が通る時だけ喧しい音と共に少しだけ明かりが差す。そう、光というもんはいつも騒音と一緒だ。眩しくて好かんが、しかし本当の闇では何も見る事が出来ない。何の話?と踊り疲れた軍手の女神。俺も解らねえよ、と俺。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。暗闇、暗闇、暗闇、光と騒音、そして暗闇。どっかで犬が吼える。俺は全てがどうでも良くなって、というのは言い過ぎなんだけど、帰ったらすぐ寝よう、風呂もいいからすぐ寝よう、とか思いつつも、いつも綺麗に溶かしたいと思っても必ず底にダマが残ってしまうコーンポタージュをスプーンで何度も何度もかき混ぜながら、こんな駄文を書き散らしまたも無為に浸ってる次第。勝手に着いて来た軍手の女神は俺の机の上で、アタイ、次はパフュームを覚えて踊りたい、とか言っている。もう何でも好きにしろよ。ポリリズムポリリズムポリリズムリズムリズムリズム。ああ味がしない。何だこの文章。
ダルメシアンマトリョーシカ、ブロックロディア多部未華子。赤貝