Lucky


呪文、フルカワミキテトロドトキシン多部未華子
ベッドに寝っ転がって、思考を指で千切って、切れ端を天井に向かってゆっくり漂わせながら、寝るまでこの暫くの事を考える。とても大事だった事。大事に思おうとした事。しかしそれらは主観で作り上げたものであるが故に、心情の設定をいじればどうとでもなる気もする。心情の管理者パスワードを入力。元々無かったもの。気にしても仕方が無い事。どうだっていいっちゃあどうだっていい。に、変更、保存。ただこの管理者パスワードは、入力する度に何かを失う気がする。それが何かは解らないが、ちょこっとばかししんしんと何処かが痛む。回数制限も無いが、あんまり使ってると悟りを開きそうになる。あんなもん開いたら終わりなので、しんしん何処かが痛むうちはまだまだ大丈夫、まだラッキーなのにね。ラッキーなもんかい。初詣で凶だってんでえ。嗚呼面倒臭い。どうだっていいんだよ。どうにもならんし。どうもこうもないし。どうということもないし。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。
こんな手垢まみれの日々にもそれなりに楽しい事もあって、俺は今のところ五体満足だし、右手が健康で目玉が機能するうちは絵を描いて何かを満たせる。カメラがあれば散歩は楽しいし、旅に出ればその全てに心を揺さぶられる。労働は労働だが、得た対価で変換した様々なものは俺に沢山の快感をもたらす。良いものを手に入れればココロが疼くし、音楽はいつでも最高に頭の中を掻き回す。漫画映画書籍映像。熱帯魚は手入れすればちゃんと美しくなる。ミリの部品をピンセットで組み立てて、模型がひとつ完成するのがとても楽しい事に、最近は嵌っている。俺の部屋はいつも快適。そんなに広くないが居心地の良い様に、何年もかけて馴染ませてきた様な部屋。俺は部屋にいるのが大好きだ。カメラがなかったら、本当にずっと部屋にいると思う。実際そういう事も多い。人はそんなに好きじゃない。否、本当は好きなくせに、好かれないのが辛いんだろうな。醜いココロがどろりと垂れる。あとまんじゅうこわい。皮は薄くて邪魔しない感じ、餡はこしよりつぶが怖い。フルカワミキのあの眼差しと唇がかわいい。じゃないや怖い。
心情設定、管理者パスワード再入力。パスワードはアールオーシーケイ。えと、”大事な項目”を追加。保存しようとして、やれカテゴリーはどうしますか?だの、常に最前列に表示しますか?だの、色々と確認事項が出る。うん、今全部を考えるのはしんどい。チェックボックスを適当に外して保存。ココロである以上は適当な項目が無ければ窒息死する。
ココロと言ったな。俺にココロがあるのか、それは長らく考えていた問題だった。胸の中に、それを入れるスペースは一応ある。そして時々それを充填して保っている。しかしこのココロ、他人のはどうか知らないが、俺のは常に新鮮に保っておく必要がある。実は質は安定していると思うが、それもまた日々のメンテによるもので、少し気を抜くとすぐに揮発する。だからなるべく密閉して、ココロがなくならない様になくならない様にしている。ほらもう何言ってるか解らないでしょう。何か常に瞬発力がないですよね。あとこれは日記なんですか。
温かさに触れてしまうと、とても怖い。適わぬと解った時、結局それはオノレの至らなさの結果であり、オノレの事で凹む。そんな俺だから、時折触れられる温もりが、正直怖い。胸にあるのは入れるスペースだけで、本当は空っぽな事を知られてしまう事が怖い。何か返したいと思うけど、実のところ何も返せないのが怖い。温もりに甘えすぎて、抜け出せなくなるのが怖い。ここらで一杯茶が怖い。
まだラッキーなのにね。赤貝