昆虫ロック


突発的に何かに集中して嵌る。
これはある種の病気みたいなもんで、始まるとまずぶわっと熱が出る。ある程度の期間をおいて沈静化するまでは、こりゃもうひたすら熱を出すほかない。解熱してからもじわじわ続くものはそのまま趣味として自分の中に定着する。病気とうまくつきあってゆく感じ。絵と旅と写真は兎も角、熱帯魚と郷土玩具収集・コップ収集・記念メダル収集などはほぼ持病と化している。というかいちいち喩えがネガティブなんだよお前は。俺か。
そんな訳でこの夏、昆虫標本に物凄く嵌った。収集じゃなくて、作成に。
昆虫標本といってもいくつか種類があって、針を指してケースに並べる様な、いわゆる乾燥標本ではなくて、俺が嵌ったのは樹脂標本。簡単に言うと、昆虫の死骸を透明の樹脂に閉じ込めたもの。これがやろうと思えば自分でも作れる。となるとやってみたくなる性分で、そんで気付けば随分遠くまで行ってしまったりする。
まずは昆虫の入手。何年ぶりだろう、蝉を捕った。腐るほどいる筈なのに、というか実際やかましいほど鳴いているのに、いざ捕まえようと思うとそういない事に気付く。正確には、捕虫網の届く低い位置にはそんなにいない。まあそりゃそうなんだが、近所のでかい公園を蚊に食われながら小1時間もうろついて、捕れたのはアブラゼミが2〜3匹、ミンミンゼミが1匹。あとカナブン。このカナブン辺は似た様な種類が沢山いて同定が難しい。という事もこの機会に知った。何というか、捕虫網を持って午前の蒸し暑い近所の緑地公園をうろついた際の、自分に感じた不審者感は忘れ難い。
さて捕れた虫を、〆る。要するに殺す訳だが、ここが最初のハードルに感じる。蝶であれば三角紙に挟んで胸を圧迫して殺すらしいし、酢酸エチルを入れた毒瓶に入れたりもするらしい。セミなら放置しておいても1週程度で自然死するが、結局冷凍庫で殺す事にした。普段、虫を殺す事に何の抵抗もないが、標本作成の為にわざわざ殺すとなると若干の呵責があるのは、何とも身勝手な事だろう。冷蔵庫は一旦空にした。何となく気分の問題で。
さてそうして〆た昆虫は、死後硬直で間接が固まっているので、形状を整える必要がある。これは消毒も兼ねて、エチルアルコールに浸す。既にこの辺りから、昆虫は死骸からただの物体へと徐々に変化している気がする。さて数日後、アルコールから取り出して、マチ針でポージングをする。手足をピンセットで広げるんだが、これがプラモデルをいじっている様な、でもやっぱり昆虫の死骸をいじっている訳で、非常に不思議な気持ちになる。間接はそれぞれ動く方向が決まっている事も解る。脆く取れやすいので慎重に慎重に、足や触覚を針で挟む様に固定して、そのまま防虫剤と乾燥剤を入れた箱で2週間ほど乾燥させる。
さて乾燥が終わったら、いよいよ樹脂を流す。100均で丁度よい大きさのタッパを買ってきて、昆虫を置いて、そこに透明レジンを流す。透明レジンは2剤を混合させると硬化するんだが、正確に比率を図る必要がある。また気泡が入ると見苦しいので、簡易真空が作れる弁当箱を使ったりストッキングで濾したりして、少しでも気泡を抜く。またレジンに馴染む様に、昆虫自体をスチレン溶液という劇薬に浸す。またレジンも硬化の際に有毒ガスを出すらしい。マスクをして歯医者が使うみたいなゴム手袋をして、換気をして、机の上に薬品が零れても良い様に養生して、何かもうえらい事になっていると思うがここまで来たらもう戻れない。随分遠くまで来た。さてレジンは硬化の際に熱を持つので、一回では完了できない。2〜3回に分けて型に流し込む。素人作業ではやはり多少の気泡が入る。また、何度かに分けて注入してもどうしても熱を持つらしく、その熱で昆虫自体が萎縮して、白く剥離してしまったものもある。こうしてトライ&エラーを幾つか重ねて、何個かはそれなりのものが出来た。
今度はこれを研磨する。目の粗いほうから100番・300番・600番・1000番・1200番・1500番・2000番まで紙やすりを掛けて、そこで貴金属用のコンパウンドでさらに磨く。単純作業は修行の様で、また硬化した樹脂は思いの外硬く、作業の最後に忍耐を求められる。こうしてようやく完成。長かった。この駄文も長い。如何に完成までが面倒くさいかを表現するためにわざわざ冗長した文章を書いてるんだが、読んだ貴方もご苦労様。兎も角、この様にくそめんどくさい工程を経て、何個か完成。
そんな訳で、作成した樹脂標本のうち幾つかは友人に託し、あとは手元に残す。素人工作とはいえ、それなりの達成感。ではあるが、あまりの面倒臭さと、樹脂自体のコストに、あっさり”こういうのは欲しければ買えば良い”という結論に至り、また秋の深まりと共に昆虫を見かけなくなるにつれ、自分の中でのブームの終焉、冒頭の言い回しに沿えば病気の沈静が訪れ、今ではすっかり興味が無くなった。手先を無性に動かしたくなるサガは相変わらずで、それは夏から現在に続いている別件があるんだけど、それはまた別の話。つうか長えよ。
ゆらゆら帝国はどの時期も素晴らしいが、思い入れのあるのは「アー・ユー・ラ?」「3x3x3」あたりの、ガレージサイケな頃。『昆虫ロック』は中でも特に好きな曲。
ぼく本当は色んな事、いつも考えてたのに。
赤貝